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HARVIA 北東北正規代理店サウナ・薪ストーブ D'STYLE
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フィンランド・ムーラメのハルビア工場と湖
Since 1950 — Muurame, Finland

HARVIAの75年。
フィンランドが生んだ、世界最大のサウナブランドの全史。

ひとりの職人が自分の手でヒーターを溶接したところから、すべては始まった。

岩手県から、フィンランドを語る。

盛岡市厨川という、全国的にはほとんど知られていない小さな住宅街に、私たちD'STYLEはある。薪ストーブの施工業者として900件以上の実績を積み、いつしかサウナの世界へと足を踏み入れ、やがてHARVIAという名前と出会った。そのブランドを深く知れば知るほど、私たちはある確信を強めていった。このブランドは、単なるサウナ機器メーカーではない。フィンランドの文化そのものが、金属と木材と炎によって結晶化したものだ、と。

HARVIAは1950年にフィンランドのムーラメという小さな町で生まれ、75年をかけて世界90カ国以上にサウナ文化を届けてきた。年間に出荷するヒーターの数は20万台以上、サウナルームは2万室以上。南極大陸の研究基地にも、スカンジナビアのフィヨルドにも、東京の都心のビルにも、HARVIAのサウナがある。それでいて、製造拠点は今もフィンランドを離れない。ムーラメの工場から生まれる製品には、75年間積み重ねてきた職人の哲学が息づいている。

この読みものは、そのHARVIAの75年の物語だ。創業者ヘイッキ・ハルビアの孤独な溶接作業から、ヘルシンキ証券取引所への上場まで。フィンランドの森と湖が育んだサウナ文化の核心から、最先端の科学研究まで。そして、なぜ私たちD'STYLEが岩手県の片隅からこのブランドを東北に届けることに情熱を注いでいるか、まで。

読み終えたとき、あなたはきっとこう思うはずだ。「サウナとは、こんなにも深いものだったのか」と。

Chapter 01 — 1950

1950年、ひとりの職人から始まった。

フィンランドの中部、ユバスキュラの南に隣接するムーラメという町がある。人口はおよそ1万人。町の東側には広大なユバスキュラ湖が広がり、夏は白夜の光が湖面を照らし、冬は分厚い氷が湖全体を覆う。この静かで小さな町が、世界最大のサウナブランドの故郷だ。

1950年。フィンランドはまだ戦後の復興の途上にあった。1940年代の冬戦争と継続戦争を経て、国土の一部をソ連に割譲し、多くの人々が故郷を失っていた。そのような時代に、ヘイッキ・ハルビア(Heikki Harvia)は自分の工房で溶接のトーチを握っていた。

ヘイッキが作っていたのは、サウナストーブだった。当時のフィンランドのサウナストーブは、主に鋳鉄や石積みによる手作りのものが多かった。ヘイッキは金属加工の技術を活かし、より効率よく、より安定して熱を生み出せるストーブを作ることができると考えた。最初の製品は、文字通り彼一人の手によって作られた。設計図はなく、あったのは熟練した職人の勘と、フィンランドのサウナへの深い理解だった。

当時、フィンランドには約80万棟のサウナがあったと言われている。人口350万人ほどの国で、4人に1棟という計算だ。サウナはフィンランド人の生活の一部であり、むしろ生活の中心と言っても過言ではなかった。病人を癒やし、疲れた体を回復させ、赤ちゃんを産み、死者を清める。フィンランドのサウナは神聖な場所であり、日常の空間であり、コミュニティの核だった。

ヘイッキはその文化の真っただ中に生きていた。彼がサウナストーブを作るのは、単なるビジネスではなかった。フィンランド人として、自分の文化に最も誠実に向き合えるものづくりをしたかった。そのシンプルな使命から、HARVIAは生まれた。

初期の工房は小さかった。しかし、口コミでヘイッキのストーブの評判は広まっていった。熱の均一性、石の置き方、耐久性。「ヘイッキのストーブは違う」という声が近隣から届くようになり、注文が増え、工房の規模が少しずつ大きくなっていった。会社の名前は創業者の姓から取られた——HARVIA。その名前が初めて金属に刻まれたのが、1950年代のことだ。

あの日、ムーラメの工房でヘイッキが点けた溶接の炎は、75年後も消えることなく燃え続けている。形は変わった。工場は大きくなった。製品はグローバル規格の精密機器になった。しかし、その炎の根本にある問いは変わっていない。「どうすれば、もっとよいサウナ体験を人々に届けられるか。」

Chapter 02 — Culture

サウナはフィンランド人にとって、家よりも古い建物だった。

フィンランドの古い農家では、まず最初にサウナ小屋を建てた。家を建てるより先に、サウナを建てたのだ。その理由は実用的で、かつ深い意味を持っていた。サウナは暖かく、煙で殺菌され、清潔だった。だから家族はサウナで眠り、サウナで子を産み、病人をサウナで介抱した。木造の本家が建つ頃には、サウナはすでに生活の中心に据えられていた。

フィンランドのサウナの歴史は2000年以上にさかのぼると言われている。最古の記録は紀元前にまでさかのぼり、民族叙事詩『カレワラ』にもサウナへの言及がある。フィンランド語で「サウナ」という言葉は、古くは「穴の中の暖かい場所」を意味した。地面を掘って作った原始的なサウナが、フィンランドの地に最初に生まれた形だったのだ。

なぜフィンランドでサウナが生まれたのか。それは気候と地理が答えの大部分を語っている。フィンランドの冬は長く、厳しい。最も寒い時期には気温が零下30度以下になることも珍しくない。太陽は一日のほとんどを地平線の下に隠れている。そのような環境の中で、人間が生き延びるには温もりが必要だった。体の芯から温まること、汗をかくこと、清潔を保つこと。サウナはそれらすべてを一度に叶える、フィンランドの人々が発明した生存技術だった。

しかしサウナは単なる体の清浄装置ではなかった。フィンランドの文化において、サウナは「魂の場所」でもあった。フィンランド語には「サウナの精霊」を意味する「サウナハルティア」という言葉がある。サウナには守護霊が宿ると信じられ、大きな声を出すこと、喧嘩をすること、嘘をつくことはサウナの中では禁じられていた。そこは平和の場所であり、神聖な場所だった。社会的な身分や地位の違いも、サウナの中では消え去る。全員が裸で、全員が同じ熱を受ける。フィンランドの平等主義は、サウナから生まれたと言っても過言ではないかもしれない。

現代においてもフィンランドには約330万棟のサウナがある。人口550万人のこの国で、ほぼ2人に1棟だ。国会議事堂にもサウナがあり、大統領官邸にもサウナがある。重要な外交交渉がサウナで行われることも珍しくない。フィンランドの首相が外国の要人をサウナに招くのは、最上級のもてなしであり、信頼の証だ。

2020年、フィンランドのサウナ文化はユネスコ無形文化遺産に登録された。これは単なる伝統の保護ではなく、この文化が今も生きた形で継承されていることの証明だ。HARVIAはまさに、その生きた文化の真ん中から生まれたブランドである。ヘイッキ・ハルビアが最初のストーブを作ったのは、文化を商品化しようとしたからではない。その文化の一員として、文化のために最善のものを作ろうとしたからだ。その精神は今も、HARVIAのすべての製品に受け継がれている。

Chapter 03 — Innovation

電気ヒーターの革命——サウナを家庭へ持ち込んだ。

1960年代、フィンランドは急速な都市化の波に飲み込まれていた。農村から都市へ。木造の一軒家からアパートへ。薪を使う伝統的なサウナ小屋は、その変化の波に乗れなかった。集合住宅の中に薪ストーブを持ち込むことはできない。煙突も作れない。燃料の保管場所もない。都市に移り住んだフィンランド人たちは、サウナを手放さなければならないのか。そのような問いが社会の空気に漂っていた時代に、HARVIAは電気サウナヒーターの開発に本格的に乗り出した。

電気サウナヒーターの技術自体は1930年代からあった。しかしそれらの製品は性能が不安定で、安全性に問題があり、何より「本物のサウナ体験」を再現できなかった。サウナ愛好家たちは電気ヒーターを「なんとなく温かい部屋」として受け入れてはいたが、本当に満足していたわけではなかった。HARVIAが目指したのは、「電気でも、薪サウナと同じ体験ができる」電気ヒーターの実現だった。

その鍵を握っていたのは、石の加熱方法だった。フィンランドのサウナ体験の核心は「ロウリュ(löyly)」にある。熱した石に水をかけ、蒸気を発生させる。その蒸気が皮膚に触れ、体の芯から熱が広がる瞬間の感覚こそが、サウナ体験の本質だ。電気ヒーターで本物のロウリュを実現するには、石を十分な量積み込み、その石を均一かつ効率的に加熱しなければならない。HARVIAのエンジニアたちは、加熱素子の配置と石の積み方を何度も試行し、最終的に現在も世界標準となっている「HARVIAの石加熱方式」を確立した。

1960年代後半から70年代にかけて、HARVIAの電気ヒーターはフィンランドのアパートに急速に普及していった。サウナを諦めかけていた都市生活者たちが、再びサウナを手に入れた。フィンランドの集合住宅にサウナが標準装備されるようになったのも、この時代からだ。今日、フィンランドの多くのアパートにはサウナがついている。エレベーターが止まっても、住民はサウナだけは使い続けるとも言われる。その文化の土台を作ったのが、HARVIAの電気ヒーター革命だった。

同時にHARVIAは量産技術の向上にも力を入れた。職人の手仕事で作られていた初期の製品を、品質を落とさずに量産するための工場システムを整備した。自動化できる部分は自動化し、しかし品質管理と最終検査は人の目と手で行う。この哲学は今日まで変わっていない。ムーラメの工場を訪れると、最新の溶接ロボットと熟練工の職人が並んで作業している光景を目にすることができる。機械の精度と人間の判断力を組み合わせることが、HARVIAの品質の源泉だ。

電気ヒーターの革命は、フィンランドだけにとどまらなかった。それはやがてHARVIAを世界へと押し出す原動力になる。薪サウナは文化として理解されても、現代の都市生活には適合しにくい。しかし電気ヒーターなら、世界中のどんな建物にでも設置できる。フィンランドという小さな国の文化が世界に広まるために必要だったのは、この「世界対応の技術」だった。HARVIAはそれを、自分たちの手で作り上げたのだ。

Chapter 04 — Global

世界へ——90カ国以上への展開の記録。

1970年代、HARVIAは初めてフィンランドの国境を越えた。最初の輸出先はスカンジナビア諸国とドイツだった。サウナ文化の近い北欧から始まり、やがてより遠い文化圏へ。この国際展開の歴史は、単なる販路拡大の物語ではない。それは「サウナを知らない文化圏の人々に、サウナとは何かを伝え続けた」ブランドの物語だ。

ドイツへの進出は特に象徴的だった。ドイツにもサウナ(Sauna)という言葉は存在し、温熱療法の文化はあった。しかしフィンランドのサウナ体験とは異なる部分も多かった。ドイツのサウナは一般に温度が低く、ロウリュをする習慣も薄かった。HARVIAがドイツに持ち込んだのは製品だけでなく、フィンランドのサウナ哲学そのものだった。「なぜロウリュをするのか」「どのくらいの温度が最適か」「石の選び方はどうするか」。そのような教育的なコミュニケーションを、HARVIAは販売と同時に行っていった。

アメリカへの進出は1980年代以降に本格化した。アメリカではサウナは長らく「ジムの付属設備」程度の認識しかなかった。しかし健康志向の高まりとともに、本格的なフィンランド式サウナへの関心が増し始めた。HARVIAはそのタイミングを逃さず、北米市場への投資を加速させた。今日では、シリコンバレーのテック企業がオフィスにHARVIAのサウナを設置し、NFLチームのトレーニング施設にHARVIAのヒーターが使われている。

驚くべき話がある。南極大陸の研究基地にもHARVIAのサウナが設置されているのだ。フィンランドの南極観測隊は、過酷な極地での生活においても、サウナを手放さなかった。零下60度の外気温の中で汗をかき、清潔を保ち、精神を保つために。極地で働く科学者たちにとって、HARVIAのサウナは生存のためのインフラだった。この事実は、HARVIAの製品の耐久性と信頼性を端的に物語っている。

現在HARVIAが製品を届けている国は90カ国以上。年間に出荷するサウナヒーターの数は20万台以上、サウナルームやバレルサウナは2万室以上。この数字の規模感を理解するために比較してみると、日本の全国のスーパー銭湯の数が2,000件程度とされているから、その10倍のサウナが毎年世界に生まれ続けているということになる。

それぞれの市場でHARVIAが採用してきたアプローチは、「押しつけ」ではなく「対話」だった。各地の文化に敬意を払いながら、サウナの本質をその文化の言葉で語り直す。日本では「ととのう」という概念がサウナブームの核になったが、HARVIAはその文化的文脈を理解した上で、日本市場への対応を深めてきた。今や日本でのHARVIA製品の需要は急増している。その先頭に立っているのが、私たちD'STYLEだ。

Chapter 05 — Manufacturing

自社一貫製造という誇り——ムーラメとルーマニアの工場。

世界中に製品を届けながら、HARVIAは「外に出さない」という製造哲学を頑なに守り続けてきた。ヒーターの加熱素子も、制御ボードも、サウナルームの木材加工も、バレルサウナの組み立ても、すべてHARVIAグループの工場で作られる。OEM生産を原則として行わない。サプライチェーンを外部に委ねない。この哲学が、HARVIAの品質保証の根幹だ。

主力生産拠点は2カ所ある。フィンランドのムーラメと、ルーマニアだ。ムーラメの工場は創業の地であり、HARVIAのすべての製品開発と技術の核が集まる場所だ。ここではサウナヒーターの主要部品から制御システム、そして最新の研究開発まで行われている。工場の敷地には巨大なタンクが積み上げられ、そこに均一に熱処理されたサウナストーンが保管されている。製品の最終品質検査もムーラメで行われ、出荷前にすべてのヒーターが実際の動作テストを通過する。

ルーマニアの工場は2000年代に設立され、主にサウナルームのキャビン部分の木材加工と組み立てを担当している。ヨーロッパの中心部に位置するルーマニアは、欧州向け出荷の物流拠点としても優れており、かつ伝統的な木工技術を持つ職人が多いことから、品質を維持しながら生産規模を拡大するのに理想的な選択だった。ルーマニアの職人たちは、フィンランドの設計基準と品質規格に厳格に従いながら作業する。彼らもまた、HARVIAの一部だ。

自社一貫製造が意味することは、責任の一元化だ。製品に問題があれば、それはすべてHARVIAの責任だ。逆に言えば、製品が優れていれば、それもすべてHARVIAの誇りだ。外注先の問題を言い訳にすることはできない。それは厳しい縛りのように聞こえるが、HARVIAはむしろそれを強みとして活かしてきた。全工程を自社でコントロールすることで、素材の調達から製品の梱包まで、品質基準を一貫して維持できる。また、顧客からのフィードバックを製品改善に即座に反映させることもできる。

ムーラメの工場は今日、年間に数十万点の部品を製造する近代的な施設だ。しかし敷地の片隅には、創業期の小さな工房を思わせる場所が残っている。そこは単なる歴史の展示物ではなく、今も実際に使われる場所だという。試作品を作る、アイデアを形にする、職人が感覚を磨く場所として。ヘイッキ・ハルビアがトーチを握っていたあの精神が、現代の工場の中でまだ生きているのだ。

私たちが取り扱うHARVIAの製品には、この75年間の製造哲学が凝縮されている。電気ヒーターを手に取ったとき、その重さと質感の中に、ムーラメの職人の手の痕跡を感じてほしい。それは工業製品であると同時に、フィンランドの職人文化の結晶なのだから。

Chapter 06 — Environment

GreenFlame——地球への責任を、炎で示す。

サウナは火を使う。炎は熱を生み、熱は人を癒やす。しかしその炎が、地球環境に影響を与えることもまた事実だ。HARVIAは2009年、この問いに正面から向き合うことを決めた。「GreenFlame」技術の誕生だ。

GreenFlameは薪サウナヒーター向けの燃焼技術で、従来の燃焼方式に比べてCO(一酸化炭素)排出量を最大70%削減することに成功した。その仕組みは、炉内の空気の流れを精密に制御することにある。燃焼に必要な空気量を最適化し、完全燃焼に近い状態を維持することで、未燃焼ガスの排出を劇的に抑える。同時に、同量の薪から得られる熱量が増加するため、燃料効率も向上する。つまり「少ない薪で、より多くの熱を、より少ない汚染で」を実現した技術だ。

この技術は今日のHARVIAの薪サウナヒーター全シリーズに搭載されている。私たちが取り扱うエム3(WKM3)もレジェンド150(WK150LD)も、GreenFlameを備えている。薪をくべてサウナに火を入れる行為は、古来変わらぬサウナの原点だ。しかしその行為が、最新の燃焼技術によって環境への負荷を最小化されている。伝統と技術が同居するところに、HARVIAの真骨頂がある。

木材の調達においても、HARVIAは明確な倫理基準を持つ。サウナルームのキャビンに使われる木材はすべて、PEFC(森林認証プログラム)またはFSC(森林管理協議会)の認証を受けた持続可能な森林から調達されている。これは「木を切っても、同じだけ植え直す」持続可能な林業の証明だ。フィンランドは国土の約75%が森林で覆われており、その森林を守ることへの意識は国民的な価値観として根付いている。HARVIAはその価値観を、グローバルなサプライチェーンの中にも貫いている。

電気ヒーターの分野でも、エネルギー効率の向上は継続的な課題だ。HARVIAの最新ヒーターシリーズは、加熱素子の配置と制御アルゴリズムの最適化により、従来製品に比べて大幅なエネルギー効率の改善を達成している。また、スマートコントロールシステムとの組み合わせにより、サウナを使わない時間帯の無駄な待機電力を削減する機能も標準化されてきている。

「自然への敬意」。これはHARVIAが創業以来変えていない思想だ。フィンランド人がサウナで汗を流した後、雪の中や湖に飛び込む習慣は、自然と一体になろうとする感覚から来ている。その感覚を大切にするブランドが、自然を傷つけることは許せない。GreenFlameはその思想が技術として結晶化したものだ。

Chapter 07 — Science

HARVIA Labs——科学でサウナを革新する。

HARVIAが単なるサウナ機器メーカーではなく「サウナ文化のプラットフォーム」であることを最も鮮明に示すのが、HARVIA Labsの存在だ。フィンランドの名門ユバスキュラ大学、そしてスポーツ医学の権威であるKIHU(フィンランドオリンピック委員会スポーツ研究所)との共同研究プログラムとして展開されるHARVIA Labsは、「サウナが人体にどのような影響を与えるか」を科学的に解明する取り組みだ。

その最新の成果のひとつが2025年に発表された研究だ。「サウナ内の温度と湿度が、それぞれ独立して心拍数に影響を与える」という発見は、従来の「高温サウナ=高い生理的負荷」という単純な理解を覆す内容だった。研究によれば、温度が1℃上昇すると心拍数は平均1.4bpm増加し、湿度が1%上昇すると0.37bpm増加する。この2つの変数は互いに独立しており、組み合わせで予測可能な効果を生む。

この発見が持つ意味は大きい。ロウリュ(石に水をかけて蒸気を発生させる行為)の生理的効果が、科学的に定量化されたのだ。「ロウリュをすると体が違う」という感覚は、フィンランドのサウナ愛好家が長年経験的に知っていた事実だ。しかしそれが「湿度1%ごとに心拍数が0.37bpm上昇する」という具体的なデータとして裏付けられたことで、サウナ体験のカスタマイズが科学的に可能になった。アスリートがリカバリーに最適な温度・湿度条件を設定できる。心臓病リスクのある人が安全なサウナ条件を把握できる。サウナを処方箋として使えるかもしれない未来が、見えてきた。

ユバスキュラ大学との連携は、HARVIAにとって単なるブランディングのツールではない。研究の結果が、製品設計に直接フィードバックされる。温度と湿度をより精密にコントロールできるヒーターの設計。ロウリュ効果を最大化する石の積み方と加熱方式の改良。スマートコントローラーのアルゴリズムへの反映。研究から製品へ、製品から実体験へ、実体験から新たな研究へというサイクルが回っている。

サウナの健康効果に関する科学的研究は、フィンランドのタンペレ大学のユッシ・リウッコネン教授らの研究グループによる20年以上の追跡調査でも蓄積されてきた。週4回以上サウナに入る習慣を持つ人は、週1回以下の人に比べて心疾患による死亡リスクが50%低下するというデータが示されている。アルツハイマー病リスクは65%低下するという報告もある。これらの研究にHARVIAが関与しているわけではないが、その研究結果をHARVIA製品の設計哲学に取り込んでいる。「科学が明らかにした最善を、最高の製品で実現する」という姿勢だ。

HARVIA Labsの研究は今後も継続される。サウナが睡眠の質に与える影響、精神的ウェルネスへの効果、スポーツパフォーマンスへの貢献。未解明の問いはまだ多い。しかしHARVIAは、その問いに向き合い続けることを自分たちの使命の一部と考えている。それは「より良いサウナを作る」ためだけでなく、「サウナが人類にとってどれほど価値のあるものか」を世界に伝えるためでもある。

Chapter 08 — Mission

Healing with Heat——HARVIAが掲げるミッション。

HARVIAのコーポレートミッションは「Healing with Heat(熱で癒やす)」だ。そしてブランドビジョンは「For body, mind and soul(身体と心と魂のために)」。これらの言葉は、HARVIAの公式資料に記載されているフォーマルな表現だが、その背景には75年の歴史が詰まっている。

「身体(body)のために」とは何を意味するか。科学的には、定期的なサウナ入浴が血行を促進し、筋肉の回復を助け、免疫機能を高め、心臓の健康を守るという多くのエビデンスがある。皮膚の清浄化効果も明白だ。しかしHARVIAが「身体のために」と言う時、それは単なる生理的なメカニズムを超えた意味を持っている。熱の中で体が弛緩し、力が抜け、自分の体の存在を感じ直す時間。日常の緊張から解放された肉体が、本来の状態に戻ろうとする感覚。それこそが「身体のために」の真意だ。

「心(mind)のために」。サウナはメンタルヘルスにも深い影響を与える。フィンランドのパリ協定前後の研究では、週2回以上のサウナ入浴習慣が中等度のうつ病症状を有意に改善するというデータが示されている。その機序のひとつとして、サウナ入浴後にエンドルフィンとオキシトシンが分泌されることが挙げられる。これらは「幸福ホルモン」とも呼ばれる物質で、気分の改善や社会的絆の感覚をもたらす。サウナで「ととのう」という日本語の表現が指す感覚は、この神経科学的なプロセスと一致する。

「魂(soul)のために」。これは定量化が最も難しいが、おそらく最も本質的な部分だ。フィンランドのサウナには、前述のように「サウナハルティア」という守護霊への信仰があった。現代人がそれを文字通りに信じるかどうかは別として、「サウナには何か特別な力がある」という感覚は、世界中のサウナ愛好家が共有している。静かに座って熱を受け、汗が噴き出し、思考が一旦止まる瞬間。それは一種の瞑想に近い体験であり、喧噪な日常から魂が解放される時間だ。

HARVIAは製品のパッケージや広告に「健康」という言葉をほとんど使わない。それは慎重な企業姿勢から来ている。科学的に証明されていないことを訴求しない。しかし同時に、「健康効果がある」ということを製品の設計思想の中心に据えて、それを実現するための研究と開発を続けている。言葉より製品で示す。それがHARVIAのやり方だ。

「Healing with Heat」というミッションが特別なのは、それが現代的なマーケティング用語ではなく、創業者ヘイッキ・ハルビアが最初のストーブを作った理由とまったく同じだからだ。「人々を温め、癒やしたい」。その単純で深い動機が、75年を経ても変わっていない。規模は変わった。技術は変わった。市場は変わった。しかし原点は変わっていない。それがHARVIAというブランドの揺るぎない強さの源だ。

Chapter 09 — 2018

2018年、ヘルシンキ証券取引所に上場——世界ブランドへの確立。

2018年6月12日。HARVIAはヘルシンキ証券取引所(Nasdaq Helsinki)に上場した。ティッカーシンボルはHARVIA。創業から68年後のことだった。フィンランドのムーラメで職人のヘイッキが溶接を始めたあの工房から始まった物語が、公開市場でその価値を問われる日が来た。

上場の意義は単なる資金調達ではなかった。それはHARVIAが世界水準の企業として認知されたことの証明であり、同時にグローバルな成長戦略を加速させるための宣言だった。上場により調達した資金は、東欧・アジア・北米市場への投資に充てられた。特に東欧市場では、ロシアやバルト三国のサウナ文化との親和性が高く、急速な成長を遂げた。

アジア市場では、日本・韓国・中国への対応が強化された。日本においては2010年代後半から始まったサウナブームが加速しており、「ととのう」文化とともにフィンランド式サウナへの関心が爆発的に高まっていた。HARVIAはこの日本市場の変化を捉え、正規代理店制度の整備と、日本市場向けの製品展開・マーケティングを強化した。この流れの中で、東北地方の正規代理店として私たちD'STYLEが認定されることになる。

上場後のHARVIAは、買収戦略によってもポートフォリオを拡大した。フィンランドのサウナ製品メーカー、KASTOR(カストル)の買収はその代表例だ。KASTORはフィンランドでHARVIAに次ぐ第二のサウナストーブメーカーであり、特に業務用・施設向けの大型ヒーターに強みを持っていた。この買収により、HARVIAのラインナップは家庭用から大規模施設向けまで完全にカバーするものとなった。私たちが取り扱うクラブ プロ(K25G)などの業務用ヒーターは、このKASTORブランドを持つシリーズにあたる。

上場以来、HARVIAの株価は大きく成長した。フィンランド株式市場の中でも、ウェルネス・ヘルスケアセクターとして注目される存在となり、世界の機関投資家からも注目を集めている。それは単にビジネスとして成功しているということではなく、「世界的なウェルネストレンドの中で、サウナという概念の価値が認められた」ことの証明だ。

上場から数年、HARVIAの経営は安定した成長軌道を維持している。コロナ禍では、人々が自宅でのウェルネス投資を増やしたことにより、家庭用サウナの需要が世界的に急増した。この特需がHARVIAの財務を大きく改善し、工場の拡張と新製品開発への投資を可能にした。パンデミックは皮肉にも、HARVIAが長年語ってきた「サウナは健康に必要なもの」というメッセージを、世界中の人々が自ら発見するきっかけとなった。

Chapter 10 — D'STYLE

私たちD'STYLEが、HARVIAを選んだ理由。

岩手県盛岡市厨川。国道4号線沿いの小さな住宅街に、D'STYLEの事務所と展示スペースがある。私たちはもともと、薪ストーブの専門店として創業した。北東北の冬は厳しい。盛岡でも最低気温が零下10度近くなることがある。暖かい家を作りたい、本物の炎で暖かさを作り出したいという気持ちを持つ人々を、私たちは長年支えてきた。薪ストーブの施工実績は900件以上。その経験の中で、炎というものの本質を私たちは深く理解してきたと思っている。

サウナへの関心は、そのような文脈で自然に生まれた。薪ストーブのお客様がサウナを欲しがる。薪サウナを作りたいというご相談が増えてくる。サウナについて真剣に勉強し始めた時、HARVIAという名前に何度もぶつかった。世界中のサウナ情報を調べると、必ずHARVIAが出てきた。「これは並大抵のブランドではない」という確信を持ち始めた頃、HARVIA正規代理店の認定を受ける機会が訪れた。

転換点は2026年2月のフィンランド訪問だった。目的地はふたつ。ユバスキュラとヘルシンキだ。ユバスキュラは前述のHARVIA Labsの研究拠点でもある大学都市であり、フィンランドのサウナ文化の学術的な中心でもある。そしてユバスキュラの南に隣接するムーラメが、HARVIAの故郷だ。

現地で体験したことは、いくつも心に刻まれた。まず、凍った湖でのサウナ体験。フィンランドの2月は湖が完全に凍結している。氷の上に設けられたアヴァント(穴)から飛び込む水温は、1〜2度。サウナで100度近くまで体を温め、その直後に凍った湖に入る。これがフィンランドのサウナの本来の形だ。日本の「外気浴」とは次元が違う。体が冷たさと熱さを交互に経験し、最終的に完全な弛緩状態に達する。あの感覚を北東北の人々に届けたいと、そう思った。

ヘルシンキでは海上サウナを体験した。港に浮かぶサウナ施設から、バルト海に飛び込む。2月の海水は冷たく、潮の香りがした。ヘルシンキ市民がごく普通の日常として、仕事帰りに立ち寄るそのサウナで、私たちは「これが文化だ」と実感した。フィンランドの人々にとってサウナは非日常ではない。空気のように当たり前に、生活の中にある。

HARVIA本社のある街——ムーラメを訪れた時、私たちは創業者ヘイッキ・ハルビアの物語を改めて思った。この小さな町から、世界90カ国以上にサウナが届いている。その事実の重さと、その規模の大きさが、静かな湖畔の町の風景の中でリアルに感じられた。

日本に戻り、私たちD'STYLEは「本物を届ける」という言葉の意味を考え直した。単に製品を仕入れて販売するだけではない。HARVIAが75年かけて培ってきた哲学と文化を、岩手県から東北全域に伝えること。それが私たちの使命だと確信した。北東北唯一の正規代理店として、この地域に生きる人々に、フィンランドの本物のサウナ体験を届ける。薪ストーブで900件の信頼を積み重ねてきた私たちが、今度はサウナで同じ信頼を築く番だ。

北東北でHARVIAのサウナに関するご相談をいただく時、私たちはいつも少し誇らしい気持ちになる。世界最大のサウナブランドを、日本の最北の正規代理店として届けられること。ヘイッキ・ハルビアが1950年に点けた炎が、75年後に北東北の地でも燃えていること。その繋がりの中に立てることを、D'STYLEのスタッフ全員が誇りに思っている。

フィンランドのサウナ ハルビア工場 フィンランドの湖とサウナ

HARVIAを、北東北正規代理店から。

D'STYLEは北東北唯一のHARVIA正規代理店として、このブランドの哲学と製品の本質を、そのままお伝えします。薪ストーブ900件の施工経験と、フィンランド現地訪問で得た知識を持つスタッフが、あなたのサウナづくりを最初から最後まで支えます。お気軽にLINEでご相談ください。

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Muurame, Finland — 1950年から現在まで

この物語は、
一台のストーブから始まった。

1950年、フィンランドの小さな町ムーラメ。アンティ・コルホネンが作業場で最初のサウナストーブを作った。それが世界最大のサウナブランドの原点だ。

HARVIAという社名は、フィンランド語で「木炭の燃えさし」を意味する。燃え尽きてなお熱を持ち続ける炭。その名が示す通り、HARVIAは75年間、一度も「サウナ以外」に手を出さなかった。製品を増やし、国境を越え、世界90カ国に届くブランドになっても、原点はムーラメの作業場のままだ。

D'STYLEの代表はフィンランドへ行き、現地のHARVIAが設計したサウナに入った。ドアの下の吸気口、オーバースペックのヒーター、積み重なった石の熱容量。代理店として現地で確かめてきた信頼が、今も北東北の設置提案を支えている。